ブログタイトル 鳥屋野ファイターズ・ブログ

新潟市の少年・少女サッカーチーム「鳥屋野ファイターズ」のブログです。

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「我が家のサッカー兄弟の母として、ファイターズですごした6年間の記憶」

 我が家の長男(中3)は小学校3年の春にアルビレックスサッカースクールに入り、その後に友達も入り、さらにその他の仲間達はスクールには入らずとも毎週見学に来ていて・・そんな仲間達大勢とともに4年の春には当たり前に鳥屋野ファイターズへ入部。最初から遊びの延長にファイターズのサッカーがあり、そのまま卒団まで自由奔放な軍団だった。彼らの時代を振り返ると練習試合は今ほど多くなく、倉田さんのご尽力で練習試合をしてもらうという状態・・そんな中での最初の公式戦である5年生の夏の少年少女大会での快進撃・・あの夏は連日35度があたりまえのようだった猛暑で・・太夫浜球技場での準決勝、相手はあの超有名古豪チームの「太夫浜ダッシャーズ」、1-1でのPK戦、救急車が出動するまでの超興奮状態の保護者達・・そして歓喜の瞬間が訪れて勝利!! 涙・涙・涙、ものすごい歓声、まるで優勝したみたい。その後の決勝戦は市陸上競技場で相手は「桜ヶ丘」、芝のピッチでプレーしているわが子達を遠い目で見ている保護者軍団があり・・結局準優勝で終わった夏。翌6年での全少大会で体験したアルビレッジでの県大会では、試合成績よりもピッチ以外で遊びまわっていた子ども達の姿が忘れられない、他のチームはピッチ以外でも管理されていて、あまりの違いにビックリした覚えがある、本当に自由奔放なヤンチャ軍団だった。
 そんな長男達に常にくっついて遊んでいた弟軍団もいて・・暑いときも寒いときも関係なくサッカー観戦にお付き合い・・そして次男も3年の春にアルビレックススクールに入り、その夏から3年生にも門戸が開かれた鳥屋野ファイターズへ入部とあいなりました(現在は1年生から入部できるけれど、あの頃は考えられなかった)。長男のときとは異なり、仲間達皆で一緒に入るという形ではなかったけれど、サッカー大好きな仲間とサッカー大好きにならざるを得なかった父達・母達・そして優秀なコーチ陣に恵まれて翌4年でのJA大会での県大会出場・・これはビックリ(運が良かった)! 弟が兄に言った言葉は「俺らのほうがお兄ちゃん達より強いよ、4年で県大会だもん」それに対する兄は「俺らは4年での大会は無かったし比べられない、6年になったら行ってみろよ」でした。でも残念ながら、それ以後は中地区の壁が超えられていない。現在は東北電力フットサル大会中地区予選の真っ只中、目指せ中地区予選突破・目指せ県大会!! 最後の公式戦を全員の精一杯の力を出しきり頑張ってほしいと願ってやまない今日この頃。
 兄の後を追いかけてきた海地、これから卒団までの数ヶ月は、あっという間に過ぎていくはず、今まで一緒に頑張ってきた仲間とサッカーを、フットサルを心より楽しんでほしい、楽しむことが上達につながるはず・・。そして子どものおかげでサッカー観戦が趣味となり、休日はサッカー中心生活をすごしている母を楽しませてほしい。

 2008.12.08 鳥屋野ファイターズ(事務局長) 木村 実穂代(6年生保護者海地の母)
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コメント


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おつかれさまでした。

木村さんもお疲れ様でした。何年間?ファイターズに携わってきたのかな?卒団のときの木村さんの泣き顔が目に浮かびます。僕のほうが後輩で、だらしないところをカバーしていただき本当にありがとうございました。三月までお互いがんばりましょう。カイチは非常に努力家で、「まずはやってみる!!!」というところが良いところだと思います。練習中でも模範を見せるとみんなの輪の中で一人でぶつぶついいながら、やってるんすよ!!足が遅く、体が小さい分頭で考えて、体の入れ方はぴか一!!そして、人なつっこいし。成長期が来てグンと上手になるカイチを想像しています。木村さんはファイターズが終わって、気が抜けて急に老け込んだりしないように、いつまでもパワフルで若い木村さんで(^^)
本当にありがとうございました。あと三月までよろしくお願いします。

捧 朋弘 | URL | 2008年12月23日(Tue)19:30 [EDIT]


お世話になりました

私が初めてファイターズの練習のお手伝いをした時に、一番最初に声をかけてくれた子どもがカイチ君のお兄さんでした。それから5年と8ケ月(かな?)、木村さんとは長いお付き合いになりました。
“自由奔放”がキャッチフレーズの第3期生たちも今は高校受験を控え、少しはおとなしく勉強していることと思います。当時は本当にヤンチャな連中で、「○○事件」だの「××騒動」、「△△問題」と大人たちを悩ませていましたが、今となってはすべてがとても思い出深いものです。
でも、一番は「市陸」の芝生の上に立ったことです。あの時は私も舞い上がっていて、充分なアップやアドバイスをすること無く子ども達を初めての芝のピッチに送り出してしまったことは、苦い思い出として今でもよく覚えています。そんな彼らとのいろいろな思い出があって、今でも私がファイターズをお手伝いしているのかもしれません。
木村さんには事務局長として、たくさんのファイターズの仕事をお願いしてきました。監督も心配していましたが、カイチ君が卒団したあと白い灰になってしまわないように願うばかりです。
ご近所さんでもあるので、これからもよろしくお願いします。って私のことじゃないですよ。ファイターズをよろしくお願いします。

小松原 | URL | 2008年12月23日(Tue)22:57 [EDIT]


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