ブログタイトル 鳥屋野ファイターズ・ブログ

新潟市の少年・少女サッカーチーム「鳥屋野ファイターズ」のブログです。

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「懲りない男」

 長編です(笑)
 生まれ持っているものでしょうか「何事に対してもあまり気にならない奴?」でして、ましてや悔しさを前面に出すと言うことなどは、まず無い息子です。
 サッカーのことは両親ともによくは知らなかったのですが、曲がりなりにも学生時代にスポーツをやっていた父・母は「悔しいと思う感情を表に出さない」そんな息子を見るたびにコイツ大丈夫か?と思う場面が度々ありました。
 試合に出してもらう場面があれば一生懸命「観戦・応援」するも、史弥のあのプレーや気迫の無さでは…と腹の立つことも度々。しかし当人は家に帰って来ても何事も無かったように漂々としている。
 ある日そんな息子に爆弾を投下、にわか解説者&コーチ気分の父・母は、試合中のプレーに対し「お前があそこであんな動きをしているからFW・MFに抜かれて得点を許してしまったではないか!結果チームが負けてしまった。下手は下手なりに一生懸命やれ! 体も小さく体力もなく足も遅いのだからせめて人より強い気持ちや悔しいと思う気持ちが無いのか!…と一喝!」(いや十喝くらいかも(^_^;))スポコンドラマ世代の父にとっては許せなかった。その後、史弥のスキル向上に繋がればとの思いから、母監修の名作ビデオにて3人で楽しい試合後のビデオ鑑賞会?をしました。(別名、皆さん良く知っている反省会とも言う)
 結果、「技術・体力が劣っている分は頭を使い、プレー全体の展開をいち早く判断し、動き出しが相手よりも一瞬早くできるように頑張ろう」と意識合わせをした以降、中々簡単ではないようですが本人なりに実行しようと頑張ったと思います。
 そんな息子ですが、感心したのはサッカーを続けた数年間は風邪気味であっても、どこか体を傷めていても「平気・大丈夫、練習に行く」と言って元気に出掛けた事です。
 3年の夏からサッカーを始めて6年までの間、ほとんど練習を休むことなく周りの仲間、キャラの立っている各コーチ、監督そして父兄の方々の温かい愛情で続けることができました。

 鳥屋野ファイターズは最高です!親子ともども本当にありがとう御座いました。

 最後に…史弥君ありがとう、君のおかげで父・母もサッカーが大好きになりました「感謝」です。
 どうやら「懲りない男」は中学に行ってもサッカーを続ける?らしいです。

 2012.01.29 鳥屋野ファイターズ 近藤 英人 かほる(6年生 保護者 史弥の父・母より)

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サッカーキッズ物語 ~三男の巻 最終回~

裕の母子手帳に、6歳の頃の記録として「兄たちのサッカーについて行くと、久住さんが遊んでくれます。一番弟子だとか・・・。しつこいディフェンスが武器です。」と書いてあります。
[ファイターズに入りたい]というのを我慢させて5年生から入部した長男。当たり前のように4年生から入部した次男。そして「入部するのが義務!(^_^;)」かのように入った三男の裕。
 2年生入部当時、同学年の仲間は、智則君、和人君、裕、今は他チームに移籍している子の4人でした。
 人数が少なく、上と下の学年の子たちと一緒でなくては大会や試合に出られませんでしたが、監督・コーチについて、楽しく一生懸命に練習をしていました。
 3年生。TeNY杯でキーパーをやってたくさん点数を取られ、悔し涙を流しました。
 4年生。JAカップで善戦ながらも決勝トーナメント進出ならず。
 5年生。少年少女のリーグ戦。得失点差で敗退。1点の大切さを知りました。
 ようやくサッカーらしい試合ができるようになってきた6年生。思い出に残るのは市選手権での新通との対戦。粘って粘ってPK戦で勝利をつかんだのは、大きな喜びでした。
 6年前、「この調子で続けていけば・・・」とほんのちょっとだけ期待をしましたが、「もっと、鍛えてもらわなくては」と少々心残りを感じながら卒団していきます(-_-;)。でもうれしいことは、「サッカーが好き。中学でも続けたい。」と言っていること。今、終わりを迎えるにあたり、休みを返上して熱心に教えてくださった監督・コーチ、一つの目標に向かって共に戦ってきた仲間たち、親以上に裕をかわいがり、妻以上に主人を支えてくださった保護者の皆様に、感謝の気持ちでいっぱいです。本当にありがとうございました。
 たまには足を運び、ファイターズの風に当たることを楽しみにしたいと思います。

 2012.01.22 鳥屋野ファイターズ 久我敦子(6年 保護者 裕の母)

 いよいよ裕も卒団を迎えることになりました。長男から二男、そして三男とそれぞれの年代でいろいろと経験をさせてもらうことができ、充実した8年間を過ごすことが出来ました。
 今後も、気候がいい時季には、たまにはお手伝いをさせていただこうかな・・・と思っていますので、引き続きよろしくお願いします。

 2012.01.22 鳥屋野ファイターズ 審判員&U-12コーチ 久我 誠(6年 保護者 裕の父)

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Toyano Family

 早いもので、鳥屋野ファイターズにお世話になり6年半が経ちました。
 この間、長男(健人)と和人はもちろん、私自身大変貴重な経験をさせていただきました。
 ファイターズに入団した時、からだは学年で一番大きかったはずなのに、心臓はおそらく最後まで一番小さかった和人ですが、サッカーを好きな気持ちはからだに比例してどんどん大きくなっています。今後もファイターズで学んだたくさんのものを忘れずに、引き続き中学でもサッカーを楽しんで欲しいと思っています。何よりも鳥屋野ファイターズらしさを表していると私が思っている言葉が“Toyano Family” です。
 卒団して何年経っても今井カップに顔を出してくれる卒団生の多さ。これはきっと他のどのチームにもないことだと思います。
 ファイターズに入団し、幼かった子どもたちが思春期に向かい、そして大人になっていく姿を毎年見ることが本当に楽しみでした。現6年生も中学生になっても、高校生になっても、ファイターズという “home”にいつでも帰って欲しいと願ってやみません。これまでファイターズを支えてくださった全てのスタッフの皆様、そして保護者の皆様に心からの感謝を込めて。

 本当にありがとうございました。

 2012.01.16 鳥屋野ファイターズ 事務局長 木村 富士枝(和人の母)

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