ブログタイトル 鳥屋野ファイターズ・ブログ

新潟市の少年・少女サッカーチーム「鳥屋野ファイターズ」のブログです。

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仲間に恵まれて

 卒団も近づき、「京汰は何故サッカーだったのだろう?」と改めて考えてみました。
 新潟にビッグスワンと言う立派な器が完成し、2002年ワールドカップで一段と盛り上がり、さらに生ベッカムを目撃してしまった時点でスイッチオン!
 それまでサッカーには全く興味の無かった両親が「俄かアルビサポーターズ」として覚醒し、京汰が5歳の時、名前も忘れてしまったくらい怪しげなサッカークラブへ入団させたのが、彼とサッカーの出会いだったと記憶しています。その後アルビのスクールにも入り、そして小3からは何の迷いも無くファイターズに入団させていただき、早いものでもう4年が過ぎようとしています。
 ファイターズに入団してからは、親子共々サッカー中心の生活で、カレンダーはファイターズの予定でビッシリ。毎週毎週いろいろな小学校、恒例の寺泊、はたまた柏崎や長岡への遠征で、早朝からバタバタしたり、ラッキーにも6年生の代理出席でお鉢がまわってきたアルビの「ボール贈呈式」でビッグスワンの大スクリーンに映し出された彼らの姿に大感激!したり。
はたまた、アルビレッジでは子どもの試合そっちのけで、ミーハーな母はアルビの選手を追っかけたり^^;と、とても書き切れませんが、どれもがとても良い思い出です。
中学へ進学すると、この週末の楽しみがなくなるのかと思うと、とっても悲しい(ToT)
 京汰に関する思い出といえば、とにかく本番前の弱さ(メンタルもフィジカルも)。5年生の時に連れて行ってもらった全少の予選、前週に捧監督から「京汰スタメン予告」された途端、大プレッシャーからかどうも顔色が冴えない。案の定、当日初戦の試合直前「お腹が痛い」と”ヘタレ京汰”がご登場、結局その試合には出ずじまい(まあ先輩の大事な試合でド緊張だったのでしょうが...)。そして昨年の紫鳥線カップ初日の試合前のアップの最中「足くじいた」とビッコ。翌日医者に診てもらったら何と足首の靭帯断裂。「エ~ッ嘘でしょ?」あと1か月で全少予選なのにぃ~。アップで怪我すんなよぉ~(-_-;)さらに次は、12月の東北電力の大会前にまた足首捻挫と、本当にヒヤヒヤしっ放しでした。...とまあ、いろんな意味で頼りないキャプテンだったのではと思います(何か独特の美学があるらしく変な所で頑固で^_^;) が、そんな京汰を周りから支えてくれたファイターズの皆んな、ありがとうございました。
最後になりましたが、ファイターズの4年間、京汰も私もとても充実した時を過ごさせていだいた事に感謝します。古俣代表、倉田監督はじめ、コーチ、スタッフの皆様本当にありがとうございました。

 2010.01.29 鳥屋野ファイターズ 事務局長 田子由実(6年生 保護者 京汰の母)

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「忘れません」

 トムが鳥屋野ファイターズに入部して、1年が過ぎました。そして、もう、卒団を迎えようとしています。鳥屋野ファイターズの皆様には、トムを受け入れてくださりありがとうございました。
 鳥屋野ファイターズとの出会いは井沢さんを通してでした。
 5年生の時、トムは自分ではどうにもならない悔しさを感じていました。私たち親の考えもあり、前のチームをやめる決断をしたとき井沢さんより、「行ってみない?」と声をかけていただき、トムも「ノリと一緒なら」と入部させていただきました。1度はあきらめた6年生のいろいろな大会にも参加できました。井沢さん親子と知り合わなかったら、倉田監督の目にトムがとまらなかったら、今の私たちはいません。心から感謝しています。ありがとうございました。
 トムはサッカーが大好きです。トムは試合になると、小さいながら自分よりも大きな相手に向かっていく少しだけ凛々しくなる『強くなる気持ち』が表情に出るときがあります。親として、小さいことをハンデとしないでサッカーを続けてきたことを誉めたいと思います。(注文もたくさんありますが)これからもサッカーを続けると思いますが、大きくなると信じて応援していきたいと思います。
 最後に、短い1年間でした。凝縮された1年間でした。鳥屋野ファイターズ7期生劇場をすごく楽しめた1年間でした。みなさんと泣き笑ったこと忘れません。本当にありがとうございました。
 これから、もう1人お世話になりますが、よろしくお願いします。

 2010.01.23 鳥屋野ファイターズ 田中 由香(6年生 保護者 登夢の母)

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「貴重な瞬間」

 鳥屋野ファイターズの皆さま、大変お世話になっております。
 代表、監督、コーチ、そして親父っちの皆さんには、本当にお世話になりました。
 3年生で入団して以来4年間、週末の多くを親父っちの皆さんと共に過ごしていたのではと思います。ある意味お得な性分の優也は、ゆうや~ ユウヤ! ユーヤッ!!とたくさん呼んで頂きました。感謝、感謝です。
 最初は友達に誘われての入団。サッカーやる!という単純な気持ちだったように思います。けれどそれ以上に、仲間と分かち合った喜びや悔しさ、色んなお父さんとの戯れ、お母さんとの会話、とても貴重な時間を過ごす事ができました。
 細やかで巧みなボールさばきでもなく、そしてキレイでスマートなプレーでもない優也でしたが、ムードメーカー的なキャラで様々な場面に出場させて頂きました。
 たくさんの思い出がありますが、私が1つだけあげるとすると、ウェルサンピアでの新津カップ5年生大会、「プラマイゼロ、むしろマイ」だったパストゥーディオ戦です。終了間際に根性で押し込んだ同点ゴール。その勢いをかってもらいPK戦の最終キッカーとなったのですが、はずして負けが決まる…という試合でした。戻って来た優也は珍しく泣いていました。負けた悔しさというより、大切な場面で入れられなかった悔しさを感じた時。とても貴重な瞬間でした。
 これからの人生色んな瞬間を経験し、大人になっていくはず。今度自分が親父になった時に、この貴重な瞬間、時間が大きな糧となるでしょう。

 アノ優也にお付き合い頂き、本当にありがとうございました。 卒団後も顔を出すようなので、その時には懲りずにいじってやって下さい。

 2010.01.16 鳥屋野ファイターズ 齋藤 淳子(6年生 保護者 優也の母)

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素晴らしい環境

 のりひろがファイターズに入部させて頂いてからちょうど1年が経ちました。
 「いそいそ」が「しぶしぶ」サッカーに行くようになり・・あと1年とちょっとなんだけど・・と思いながらも私の都合もあって前のクラブを退部し・・ただ、サッカーはあんまり楽しくないと思ったまま終わらせてしまうのは嫌だなと。
 そんな時、以前からたまに親父っちで一緒にやらせてもらっていたり、京汰くん、優也くんと何人か知っている顔があったり、何より今やファイターズで知らない人は居ないんじゃないかという心強い田中一家が一緒に入部するという事で、鳥屋野ファイターズにお世話になる事になりました。
 初めて他校からの入部で、しかも練習は週末だけというわがままな話で5年生も終わろうという時の入部だったのでたくさんの人にご迷惑をかけましたが、野上さん始め皆さんに親子共々親切にしていただき本当に感謝しています。
 のりひろは、親もびっくりの速さで鳥屋野ファイターズに馴染み、ゴールが餃子に見えるのではないかとうわさされるほど「にんじん作戦」にまんまと乗り、親にも分らない「スイッチ」が試合になると入り、そして試合が終わると完全オフ状態で「カマキリレース」やら「野球」やら「砂遊び」やら・・なんだかすっかりファイターズを満喫してしまいました。
 その上、楽しくサッカーが出来れば・・・と思っていただけだったのにもう出る事は無いと思っていた全少、少年少女、フットサルと沢山の試合に参加させてもらう事が出来、私も子供達と一緒に一喜一憂出来てホント楽しかったです。
 そして・・ファイターズで一番びっくりしたのは「組織力」です。組織図があってそれぞれ仕事の役割分担がしっかりされていて、自分の子供が卒団した後も残ってファイターズをしっかり盛り立ててくれる父や母達が沢山いるなんて、他のクラブから見たらうらやましがられる環境だと思います。審判の心配、練習場所の心配、コーチの心配、全部きちんと会議で考えてくれるなんて 『すごい!』の一言です。
 もうひとつは「親父っち」や「今井カップ」等、卒団しても大きくなったなぁって言ってもらいながら一緒にサッカーをやれる事です。何か帰る場所がある感じでいいですよね。
 『鳥屋野ファイターズ ジュニアユース』なんて話を小耳にした時は、とても名残惜しい私としては・・実現しないかなぁと期待したりもしましたが・・。
とにかく、サッカーは楽しい!大好き!になってくれてよかった。 素晴らしい環境の中でサッカーをやらせてもらえてよかった。代表はじめ監督、コーチ、保護者の皆さん本当にお世話になりました。
 長くなってすみませんでした。

 2010.01.06 鳥屋野ファイターズ 井沢 恵子(6年生 保護者 昇寛の母)

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年頭挨拶-2010-

 新年明けましておめでとうございます。
 運営スタッフ、保護者、クラブ員、クラブOB、そして関係者の皆様におかれましては、2010年を光り輝く太陽のごとく、大きな期待を抱いて新春をお迎えのこととお慶び申し上げます。
 昨年中は、様々な活動におきまして、クラブ員各年代のそれぞれの輝がしい活躍がありましたが、これも一重に関係各位のご理解とご努力の賜物と心より感謝申し上げます。
 昨年は、鳥屋野小学校の移転に伴い、新しい環境での活動や保護者の方々の協力によるクラブハウスの新設など、とても充実した一年でありました。その恵まれた環境に慢心することなく、今年も地域の皆様やクラブ員のために、様々な有効的な活動を通して、地域に愛され、地域の模範となるようなクラブ作りを継続して行く所存であります。また、2003年の第4回FIFA女子ワールドカップや2004年のアテネオリンピックでの「なでしこジャパン」の活躍が契機となり、女子サッカーの活動が盛んに行われており、他の4種クラブでも男子に混じって遜色なく活躍できる女の子が目立ってきています。当クラブとしても、是非、女子部のカテゴリーを創設できるくらいの沢山の女子クラブ員の加入を目指したいと思います。クラブ員は、輝かしい活躍や日頃の練習環境は決して、君たちだけで出来ることでは無く、監督・コーチはじめ保護者の方々など関係者のバックアップにより大好きなサッカーが出来ていることを今一度思い起こし、「感謝」の気持ちを忘れずに取り組んで頂きたいと思います。
 最後になりますが、我々運営スタッフとクラブ員は、以下の3つを念頭に前に進んで行けるよう努力をして行こうと考えております。
 ■ハードワーク(常に覚悟を決めて100%出し切る)
 ■クリエイティブに判断(前に進むための最良の判断)
 ■仲間のために考える(思いやりとやさしさを持つ)
 2010年の新しい年、皆様のご健康と幸運の女神に数多く巡り合えますようご祈念申し上げ、新年のご挨拶といたします。

 2010.01.01(元旦) 鳥屋野ファイターズ 代表 古俣 力

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