ブログタイトル 鳥屋野ファイターズ・ブログ

新潟市の少年・少女サッカーチーム「鳥屋野ファイターズ」のブログです。

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はじめはサッカーにまったく興味のなかった海斗。

 はじめはサッカーにまったく興味のなかった海斗。
 お父さんの社会人チームによく応援に行き、ただボールで遊んでいた海斗。そんな海斗が今やお父さんよりサッカーが大好きで、サッカー熱心になりました。
 親子一緒にサッカーができて父も嬉しく思っていることと思います。そんな父を海斗は一番尊敬していることでしょう。
 三年生からサッカーを始め、みんなたくましくなり、良い経験になったと思います。この経験を生かしてこれからも大きく成長して欲しいと思います。今まで一緒に頑張ってきたチームの子供達、ありがとうございました。そして関係者、保護者の皆様、大変お世話になり本当にありがとうございました。

 2009.02.21 鳥屋野ファイターズ 捧春香(6年生保護者海斗の母)

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『光貴とサッカーと私』

 1年生になったある日、光貴が「サッカーをやりたい!」と言い始めました。
自他共に認める、野球一家だった我が家。特に私は『甲子園を目指す高校球児の母』を密かに夢見ていたので、「なんでサッカーなの?」と思ったりもしました。その頃の光貴は今よりも更に気が小さく、サッカーの試合に出ても、右にも左にも一歩も動かない…なんて有様でした。
 そして3年生になり、ファイターズに入部し、あっという間の3年半、たくさんの思い出ができました。結成1ヶ月で出場したドリームカップ。運と勢いで勝ち進み、県大会まで出場したJAカップ。何人蹴ってもゴールの決まらないスポニチのPK。そして最後は『もしかしたら県大会に行けるかも!』なんてちょっとだけ期待させられた、バーモントカップ。光貴だけでなく、私にもよい思い出となりました。
 辛かった思い出もあります。おそらく私の運動音痴の血を引いたんであろう光貴は、足も遅く、気も小さく、試合中にもよく『光貴がいなくなる』と言われるほど目立たなくなってしまい…。親の私でさえ「何で光貴を出すんだろう。もう出さないでやってもらいたい」と悩んだこともありました。そんな光貴も6年になった頃にはだいぶ鍛えられ(?)、親バカかもしれませんが、少しだけ逞しく、頼もしくなったような気がします。
 そして、もう一つ大きな思い出として、昨年の全少中地区予選の『兄弟対決』があります。弟がファールをして与えたフリーキックを兄が蹴る…なんて妙なシーンもあり、親としてはどちらも応援することができず複雑な心境でしたが、今となってはこれもまた二度と味わう事のない、貴重な体験だったなぁと思っています。
 15人のメンバーが、ブルーの縦縞のユニフォームを着て試合をする姿、勝利の瞬間に飛び上がって喜ぶみんなの笑顔…もう見られないと思うと少し寂しさも感じますが、中学に行っても、大好きなサッカーを大切な仲間たちと共に頑張ってもらいたいです。
 最後になりますが、今まで光貴を支えてくださった、監督・コーチはじめ関係者の皆さま、保護者の皆さま、下級生部員の皆さん、そして個性たっぷり愉快な14人の仲間たち、本当にありがとうございました。
 更に我が家は、弟の佑真、妹の結南まで皆さまには大変可愛がっていただき、この場を借りてお礼申し上げます。ありがとうございました。
 これからも卒団生の保護者として、鳥屋野ファイターズの益々のご発展とご活躍を楽しみにしております。

 2009.02.14 鳥屋野ファイターズ 小山真実(6年保護者光貴の母)

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「感謝!!」

 向かいに住む海王くん(=海地のお兄ちゃん)の影響もあり、自分からサッカーをやりたいと言ってファイターズに入部して3年半。息子はもちろんですが、親も本当に多くのことを学ばせていただきました。
 ファイターズに入って約1年ほどたった頃、ぜん息で体調を崩すことが多くなったときに父親から「体調が不安ならサッカーをやめてもいいんだぞ」と言われたことがありました。
 しばらく黙っていた健人は「サッカースクールはやめても、ファイターズはやめたくない」と泣きながら答えました。その時から、母親としてできる限りサポートしていこうと覚悟を決めたように思います。
それでも体調が心配で「今日は休んだら?」と何度も言ってしまいましたが、本人は「大丈夫!行く」と言って出かけていきました。休みがちなときも、見捨てずに声をかけ続けてくださった監督をはじめ、コーチ、スタッフの皆様、あたたかく応援してくださった保護者の皆様、そして仲間たち(同じ立場で励まし合えたフミヤの存在も大きかった)、本当にありがとうございました。

 2009.02.08 鳥屋野ファイターズ 木村 富士枝(6年保護者健人の母) 

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「忘れられない光景」

 3年生の夏ドリームカップの惨敗から始まったファイターズの怪進撃。笑いあり、涙あり、感動ありの3年半でした。とりわけ忘れられない光景があります。7月の練習試合でバースディゴールを決めた瞬間です。トップに起用してくれた監督、そして励まし、また、ゴールを決めた直後笑顔で駆け寄ってくれた仲間たちがいました。決して一人では達成できないシーンでした。勝ち負けも大事ですが、それ以上に支えてくださる周りの皆さんの存在の大きさも忘れてほしくありません。今まで続けてこられたのも監督の指導の下、元気で愉快な仲間たちに恵まれたからです。
 JA予選でもらったイエローカードも、心臓に悪いPK戦も忘れられない思い出となりました。
 中学校へ行っても新たな目標をめざしスキルアップに励んでください。
 代表をはじめ役員及び父兄の皆様にはお世話になりました。ありがとうございました。
 ファイターズの益々のご発展と皆様のご活躍をお祈りいたします。

 2009.02.01 鳥屋野ファイターズ 柄澤(6年保護者てつとの母)

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