ブログタイトル 鳥屋野ファイターズ・ブログ

新潟市の少年・少女サッカーチーム「鳥屋野ファイターズ」のブログです。

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“継続は力なり”

 「ぷっくら」してあどけなかった4年生から早や3年の月日が………
 随分成長した我が子!!

 「継続は力なり」

 がんばってきた卯月に拍手(パチパチパチパチ)

 コーチはじめ、皆々様に大変お世話になり、ありがとうございました。

 2008.01.27 鳥屋野ファイターズ 渡辺 真由美(6年の保護者 卯月の母)

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サッカーを通して

 早いもので、子供がもう卒業間近に迫ってきています。
 子供からも“一生友達”らしき「これ以上の友達は出来ないかも…」なんて言葉も出るくらい、サッカー仲間は変な?強い絆が出来上がっている様です。(試合の時に発揮出来れば…と思うのは親だけでしょうか)
 本当は最初の頃、サッカーは続かないと思っていました。ところが、自分の子供だけでなく、同志として少しずつ少年らしくなっていく子供達のそんな成長をみられた事をうれしく思います。そして何より、鳥屋野ファイターズに入団して(年会費は払っていませんが)嬉しがって楽しんでいた、愛称こと“タカトウ”(高橋父)共々お世話になり、本当に感謝しております。いつの間にか子供達と同化し、本人いわく“少年の心”なのでしょうか、本当にのめり込んでサッカーをしていた様に思います。
 私なりに今思い起こすと、6年生は勝つ試合がしたいのか、みんな仲間で楽しくやれれば良いのか、なんて勝手に親が考えていた時期がありましたよね。そりゃあ、自分の子供が人一倍上手くなれば嬉しいに越したことはありません。でも、そんなこと今風に言えば、子供は“そんなん関係ねぇ~”だったと言うか、子供達はちゃんとわかっていた様に思います。
 この機会に、子供達の甘えや勝手を許してくれる、そんな心地よい環境を作って頂いた監督、代表、事務局、スタッフの方々に感謝と御礼を申し上げます。
 そして最後に、弟の黎の面倒を見ていただいた皆様にありがとうございました。

 2008.01.21 鳥屋野ファイターズ 高橋 恵美子  (6年保護者 凌の母)

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Road to Yamagata

 それは、ある日突然やってきました。「愛利さ~ん、試合出てよー」「ハァァ~~~ァ?????」
 20数年来のサッカー仲間からの電話でございました。
 いったい何なんだ、冗談? いつもの軽い話のついで、ちょっと体を動かさないか?ぐらいのことかねぇと詳しく尋ねるうちに、私より2つほど年上の彼女が、今やらないともうできない!やれなくなる!と危機感を募らせ、「地元のシニアチームに混ぜてもらったんだ!」(もちろん男性ばかりです)とのこと。
 4チームでリーグ戦があり、「次の試合どーしても、どーしても、メンバーが足りないんだべー、頼むよ~」と。  「考えてみるね」とその場は言い逃れました。まぁ、断ろうと思っていました。彼女は他にもあちこちに連絡を取っていましたが結局みんな駄目で・・・・・。そして、とうとう、とうとう、私はうなずいてしまうはめに・・・・・。あっという間に「登録が済んだよ」ときて、はぁっ、20年も走っていないのに頼むほうも頼むほうだけど、OKしてしまう私もワ・タ・シ???
 でもでも、それがサッカー、これがサッカー、やると楽しいんだよ! うれしいんだよ!
なんでこんなふうに思うのか不思議。倫たろが5年になったらサッカーやるよ!入るよ!と言ったおかげ。ありがと、倫たろ。そうでなければ、絶対に断っていました。
 そして、走り始めました。まずは10分から・・・「ヒィッ~ もうだめだっ」15分、30分、50分と続けるうちに、「うっへへへっ」知っている人に会うたび時間を変え、コースを変え、『秘密の特訓』です。
 こうなったら新潟マラソンにでも出てみようか!?わけのわからないランナーズハイになる始末・・・・「行く」と言ったからには何とかしよう!!
 多分なんともなっていないうちに運命の2007年7月22日。前日に急に行くことに決めたもう一人の仲間と3時間。川西芝グランドは、国体でホッケー場として使われたもので、サッカーにはいままで貸してくれなかったんだ、と聞きました。いや~、すばらしくきれでした。
 チームの人が集まってきました。確かに人がいないのねー、別のユニホーム着た人達が2、3人、我々2人。そして彼も頼んで来てもらったんだよ、とか。本当にギリギリ11人でした。だいたい、おばさんでもいいのかと思いつつ、始まってしまい、30分ハーフの前半「うわっ~」、「せめて走らないと、ウワォー」でございました。後半にチームの人が増え、交代、「よかった~~」。結果は、ナイショです。
 でも初めて会って、30分もしないうちに同じグランドを走って、パスを出して、受け取って・・・・・。サッカーっていいよねー!!!そしてまた3時間かけて戻ってきました。長くて、短い一日でした。

 これでまた私のサッカーが始まったのかも知れません。「いや~、やっぱりサッカーはいいわ」
 あれから3ヶ月。「愛利さ~ん、トヨタカップ観に行かねー」「え~~~っ」・・・・・・・・ 以下 省略
 金塚母のとてもながいひとりごとでした。 皆が楽しくサッカーをやれますように・・・・・

 2008.01.14 鳥屋野ファイターズ 金塚 愛利(6年の保護者 倫太郎の母)

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サッカーキッズ物語 ~久我三兄弟 二男の巻~

 「サッカー部に入りたい!」 「いいよ。(^_^)v」
 4年生になる時のことでした。我が家の二男坊の鳥屋野ファイターズ入団はあっさりと決まりました。兄ちゃんの時は、当番など親の心配があり、「5年生になったらね。(^^;)」と我慢させたのですが、そこは二番目のラッキーなところです。
 あれから約3年・・・。
 JAの大会では、相手チームの子に腹を立てて蹴りを入れたため、審判に注意されました。(-_-;)  
 何度言われてもルールがよく分からず、しょっちゅうオフサイドポジションで待ちかまえていました。(>_<)
 5年生の5月、インフルエンザを患い、そこから意識不明に。もうサッカーどころではないと思いました。(/_;)
 佐久間くんの残念な転校により、キーパーに転向。前から「やりたい!」と言っていたポジションでしたが、センスがなくまもなく首になりました。<(_ _)>
 この他にもいろいろなことがありましたが、たくさんのことを見て、聞いて、考えて成長してきたのではないかと思います。
 サッカーだけではありません。人とのかかわりの中でもそうです。気持ちを一つにして戦ってきた仲間たち、休日を子どもたちのために使い少しでもよい結果が出るよう一生懸命になってくださっているコーチ・スタッフの皆様、親以上に我が家の二男坊を応援してくれたお父さん・お母さん方に感謝!です。
 もう少しでファイターズも卒団です。これからどういうふうに進んでいくかはまだ決まっていないようですが、とりあえず、サッカーは続けるようです。
 仲間を大切にする心、目標に向かって努力する姿勢、自分にかかわってくれる人たちへの感謝の気持ちをいつも忘れずにいてほしいと願います。

 2008.01.07 鳥屋野ファイターズ 久我 敦子 (6年の保護者 僚の母)

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