ブログタイトル 鳥屋野ファイターズ・ブログ

新潟市の少年・少女サッカーチーム「鳥屋野ファイターズ」のブログです。

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小学生のサッカーって??

 クラブチームって何?部活の延長みたいなものだろうか・・?スポーツ振興会って?大会に出るのに登録必要らしいけれど何の登録だろう? 3年前に鳥屋野ファイターズ入会当時はわからないことだらけで・・時の過ぎるのは早くて今年で4年目、ファイターズに関わっているうちに理解していった様々なシステム。
 県主催の大会参加には個人の県登録(毎年更新必要だが選手番号はずっと変わらない)が必要とか、市主催の大会参加には市サッカー協会へのチーム登録のみで良いとか、フットサル大会参加には県の別登録が必要(ルールもサッカーとは異なる)とか・・大会参加には必ず有資格審判の帯同が義務付けされているなどetc.・・クラブチームは地域のスポーツ振興会に属し学校の施設を借りて活動していているが、学校は関係なくボランティアのコーチ達や保護者の方々で運営されているなどなど・・etc.(ファイターズの活動のためコーチして頂いている倉田総監督をはじめとするコーチ陣の皆様、審判・早朝設営・送迎・当番などに協力頂いている保護者の皆様に感謝です!!)
 小学生のサッカーはおもしろい・・成長が目に見えてわかるし、とても楽しい(Jリーグよりも・・)!!練習中の楽しそうな顔・試合中の真剣な顔・試合に勝った時の晴れ晴れとした笑顔・負けた時の悔し涙(子供達だけでなく大人も・・)たくさんの感動を与えてくれる・・これからも子供達と一緒にファイターズのサッカーを楽しもう・・常にプラス思考でね!!

 2006.08.30 鳥屋野ファイターズ 事務局長 木村


 木村事務局長に同感です。
 私も、3年前に鳥屋野ファイターズに関わり、子供の送迎や練習の手伝いなどをやっていました。
 今年から、代表をやらせて頂き、ファイターズがより良いクラブとして成長するには、クラブ内の環境を整えることも重要ですが、スポ振や学校あるいは他のクラブなどと上手く付き合うことも、クラブ成長の近道だと確信しています。
 木村事務局長には、クラブの事務手続き等全般をやって頂いていますが、大変忙しいお仕事を快く引き受けていただき、感謝しています。
 今後も、何かとご苦労をお掛けしますがよろしくお願いします。

 2006.08.30 鳥屋野ファイターズ 代表 古俣 力

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『スポーツとの出会い』

 私が子供(小1)の頃のスポーツと言えば、長嶋茂雄、王貞治の野球(読売巨人)が大人気で、テレビ中継や新聞掲載などで中心的な存在でした。その影響もあり、日曜日の早朝になると近所の空き地(原っぱ)に子供が集まり、地域の大人から野球指導をしていただいたことを覚えています。
 小学校の中、高学年になると学校での部活動も始まり、S49年の少年少女スポーツ大会(新潟市)に参加、2回戦で敗退し、悔し涙を流した経験もありました。今、その頃を思い返すと、この時期にスポーツの楽しさを知り、一緒に頑張った友と汗を流し、競い、励ましあったことが、ほんとうに良かったと感じています。
 中、高校時代は、体調を崩していたこともあり、選手としての活動はひかえ、サポーターとして、いろいろなスポーツに興味を持ち始めました。
 その後、進路を決める時期となり、多くの人に助けられたことを考え、人様のお役に立てる仕事に就きたいと進学、今の職業を選びました。月日も経ち、仕事に追われ、プレッシャーに負けそうな生活が続き、心に余裕や希望が持てない時期もありました。人には、其々いろいろな悩みや事情がありますが、その頃の私は“ストレス”と上手く付き合うことができなくなっていました。
 そんな折に、地元に創られたプロサッカーチーム“アルビ”との出会いが心の転機となりました。サッカーの公式戦をスタンドから観戦し、地元チームに声援を送ることを繰り返しているうちに、スポーツの素晴らしさを思い起こしました。スポーツで汗を流し、多くの友人と騒いでいた頃と比べて、スポーツへの関わりが足りないことに気づかされました。
 そんな私ですが、今年で鳥屋野地区にお世話になり、17年が経ちました。
 2年前の春に息子がファイターズへ入部することが決まり、私自身少年期に地域の大人から指導を受けたことを思い出し、積極的に少年・少女のサッカーに関わる決意をしました。
 今では、自身を救ってくれたサッカーとの出会いのおかげで、多くの地元の方と知り合うことができ、夢を語り合えるところまで出来つつあります。
 また、現実を見ると3年半後には、鳥屋野小学校が新築移転されることが決定しています。社会的には、少子高齢化や犯罪の低年齢化も叫ばれていますが、次世代を担うのは子供たちです。その子供たちが、明るく楽しく安心してスポーツなどで汗を流せる地域と環境(グランド、体育館)を創りあげたく、皆さんとともに関われたら良いなぁ~と考えています。

 2006.08.15 鳥屋野ファイターズ クラブマネジャー 小山


 小山さんとは、年代が若干(ほんの少し)違いますが、私の小学生の頃も野球が全盛で、学校が終わると宿題もそこそこに、グラブとバットを自転車かごに入れて、空き地まですっ飛んで行ったもの衣です。空き地に行けば必ず友達がいて、集まった子供で野球を始めたものです。
 あの頃は、暗黙のルールが出来上がり、上級生がリーダーとなり、下級生の面倒を見ながら、暗くなるまで白球を追っていたものです。
今の子供達は遊びの選択枝も豊富になり、一人で遊ぶ機会も多く、友達や上級生・下級生との関わりかたが、よく分からないような子供もいるように感じます。
 鳥屋野Fの子供たちには、友達や上級生・下級生との付き合い方もクラブに参加しながら、学んでもらいたいと思います。

 2006.08.17 鳥屋野ファイターズ 代表 古俣 力

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「10月5日」

 みなさんこんにちは、ファイターズの“羽生名人”です。
 私もファイターズに携わって4年が過ぎました。
 いろいろな事が思いだされますが、なかでも忘れられない出来事はやはり今井前監督との悲しい別れではないでしょうか。この日のことは、今でも鮮明に覚えており私が今に至る原点となった日です。

- 平成15年10月5日 日曜日 晴れ -

 前日に訃報の連絡が入り、「こんな事があっていいのか。あってはならない。何かの間違いであってほしい。」との思いで向かった曽野木小学校のグランド。ファイターズはすでに今日最後の試合中で、勝てば決勝トーナメントに出場という場面でした。
 今井前監督の代わりを務める倉田さんと小松原さんは、「この試合は勝つんだ!絶対勝たなければならないんだ!」との思いで、必死に何も知らされていない子供達に指示を与えていました。
 一方テントでは、子供達に悟られまいと必死で涙をこらえる母親達の姿が在りました。
 そして、恐る恐る渡辺伸父に確認して見ると・・・・やはり間違いではない。夢でもない。現実の事として受け止めなければと思った途端、切なくどうにもこらえられなくなり、その場で泣きだしてしまいました。
 今井が残していったファイターズ。このファイターズの危機に直面した私は、この時何か力になりたい。私にも何か出来る事はないか。そして何よりも今井の背中の重い荷物を少しでも軽くしてやりたいと思ったのがこの日でした。
 あれから3年が経とうとしています。
 多くの人達に支えられて立派になったファイターズ。
 今井には、遠くの空からいつまでもファイターズの活躍を見守ってもらいたいと思っています。

 2006.08.01 鳥屋野ファイターズ 審判部責任者 須藤賢二


 審判部責任者の須藤さんには、いつもお世話になっています。
 特に、学年を越えてあらゆる会場に出向いてもらい、審判の指導や自らで笛を吹いてもらうこともあります。本当にありがとうございます。
 3年前に”ファイターズの力になりたい”と書いてありましたが、ファイターズには無くてはならない人です。
 須藤さんには、ファイターズの審判員として、大変なご苦労をおかけしていますが、個人的というよりは代表としてお願いがひとつあります。大智君もファイターズ最後の年になっています。
 今まで他の学年と試合が重なると大智君の試合よりもファイターズを優先に考えてもらい、他の学年の審判として帯同することが多く、我が子の試合を見る機会が少なかったように思います。
 ファイターズも各学年で審判を任せられる人が多くなってきたと思いますので、出来る限り大智君の試合を見てもらいたいと思います。(とは言っても、須藤さんは責任感の強い人ですから無理かなぁ)よろしくお願いします、須藤父。

 2006.08.02 鳥屋野ファイターズ 代表 古俣 力

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